中学生の数学研究集を作成

■はじめに(最優秀作品のレポートは一番下にあります)

私は中学の数学の授業を担当しており、私の授業の特徴は、解説→問題演習→答え合わせ→確認小テストというサイクルの繰り返しで、またテストごとに成績不良者に対しては、補習を徹底してやり、基礎的な知識の習得、技能の習熟を目標にしたものである。数学の最低限の実力を付けるには、これでよかったと今も考えているが、このままの授業スタイルでずっといいと思っていなかったのも事実である。ただでさえ、自己満足になりがちな授業に対して、生徒からどのように評価されているのか把握したいために、学校のホームルームの時間に、私の授業アンケートなるものを採った。集計をしたところ、「もっと数学がどのように役立っているのかも教えてほしい。」とか「面白いクイズみたいな楽しく考えられる数学の問題を出してほしい。」とか「本当に確率の数字は本当なの?」などの意見がみられた。辛辣なものとしては、「先生の授業は無理矢理すぎている感じがします。もっと数学の楽しさを教えてください」という様な意見もみられた。こういう意見が出てくるというのは、生徒自身も数学にとても興味があるという裏返しで、世の中にたくさんの数学に関するメディアというものが氾濫しているにもかかわらず、生徒がそのようなメディアにふれあう機会が無く、利用してこなかったという証拠でもあるし、私自信も生徒の生き生きとした純粋な数学への気持ちをつかみきれなかったという証拠でもある。私もこのアンケート結果を素直に取り入れ、何か手を打たないといけない考え、生徒が数学というものをもっと楽しんでもらえないか、生徒が数学というものを身近なものとしてとらえてくれないかなど、生徒達に何か還元できないか考え続けた。

■展開

私は普段から選択数学や数学における総合学習にかなり興味を抱いていて、それに関連する書物や数学の雑学関連の書物を読んできた。それに普段から、これらの内容を取り入れた授業を行いたいと考えていた。これらの内容には簡単に授業で取り入れられる題材から、数ヶ月を要する題材までたくさんある。実際に「倍々の法則」や「和の公式の発見」などの簡単な内容は、生徒に数学の興味を引かせるために、何度か授業でも取り入れてきたことがある。このとき生徒の反応はとてもよかったので、今後も授業に取り入れていきたいと考えていたが、学校が5日制になって授業時間の確保が難しくなって、なかなか実行に移せなかった。しかも手の込んだ大きな内容になれば、教師1人ではかなりの負担でもあるし、かなりの準備や授業時間も必要で、また生徒1人1人がきちんと理解できたのかも把握しにくい。だから、普段私が授業で取り組みたかった選択数学などの内容を、1年間のスパンで、生徒を主人公とした数学の取り組みである数学の自由研究として、数学自由研究レポートを作成してもらおうと思ったわけである。数学の自由研究をするに当たって、数学の基礎部分がないとこういう高度な発想や研究はできないので、授業は今まで通り知識の習得・技能の習熟など基礎固めに敢えて徹底して、中学3年間の数学の総決算として、自由研究は卒業レポートとして各個人の宿題とし、指導についてはいっさい授業で行わないことにした。ここで教師は一歩引き、生徒主体の教育活動を進めていこうと考えたのである。

そこで、自由研究といっても色々な形態がある。教師がいくつかのテーマを用意して、いくつかのグループに分け、各テーマに対してグループ全体で取り組むのも悪くないかも知れない。少ないテーマであれば、その分指導する側の負担も減るが、しかしできあがったときに、生徒一人一人の個性が見えにくい可能性がある。またグループ学習であると、作業の過程で仕事の役割が偏る可能性が、今までの経験から往々にして多い。だから研究内容がいい悪いに関わらず、自分の研究に対して、生徒の自主性を促し最後まで責任を持たせるという意味で、1学年175人という大人数であったが、個人の自由研究にした方がよいと思った。だから、同じ内容のレポートがたくさんできても、それで良しとした。とにかく大事なことは生徒の能力に合わせたレポートを書かせることである。高度な研究発表を期待しているのではない。レポートを書くことによって、世の中に数学がいかに約鉈っているか、数学を好きになることである。生徒が興味の持った題材をレポートすること、生徒が考えつく範囲で斬新なレポートを書くことである。内容に関しては、よほどのことがない限り口出しをせずに、生徒の自由な発想に任せた。どんなに簡単であったも、考え続けさせ、課題を追求したことによる自分なりの達成感を感じさせる。試行錯誤しながらも数学活動を楽しむ。時間はいくらかかってもいいので(実質2学期間)自らじっくり考え、学び方や表現・処理の仕方を身につけさせたいと考えていた。

生徒の研究内容

社会や理科の自由研究とちがい、数学の自由研究となれば生徒もあまり耳慣れない言葉で、生徒の方も何をしてよいのかわからない。そこで、私が普段から授業で行いたかった選択数学の題材や高校の数学基礎の題材、図書館の数学関連の本、インターネット上の数学の話題や問題を、具体例に紹介して選ばせるようにした。もちろん、与えた題材からでなくても、自分で思いついた、また普段から疑問に思っている内容ならばそれで良しとした。そうすれば、どういうものに生徒は興味を持っているか。生徒が考えついた創造的な自由研究はあるかなど、普段の生徒に対する大きな発見があるからである。具体的には次のような例を、生徒のアンケート意見を参考にしながら自由研究を取り組み前に生徒に提示した。具体例の問題は素直で、本で調べればわかり、また中学3年間学んだ内容ですべて解決することができ、敢えて授業でやる必要ものを選んだ。

1.面白いクイズみたいな楽しく考えられる数学の問題

・インターネット上の問題

「Math-Cut STUDIUM」というホームページの「挑戦状」という問題。

・図書館の数学の本の紹介

「算数オリンピックに挑戦」、「中学数学で世の中がこんなに見えてくる」、

「数学質問箱」、「数学パズルランド」など

2.数学の実験

・円周率は本当に14になっているか、自分が考えついた方法、本などで調べた方法で実験してみる。

さいころを1000回ふって、本当に確率が6分の1になるか。「大数の法則」との関係の分析

一筆書きができる条件を見つける。

オイラーの公式(頂点-辺+面を計算すると五角形や三角形は同じ数字になります。どういうときに同じ数字に なるか)

3.世の中で約立っている数学

・関西電力や大阪ガスや水道代の料金表のグラフを作る

中学2年生と中学3年生の教科書(大日本図書)の最後に「数学の森」という数学に関する教養の章が

あり、これを解かせる。

・「数学の森」に掲載されている数学の話題

数の広がり、循環小数、無理数と有理数、黄金比について・2次方程式の歴史、

放物線について、身近な関数 などなど・・・

4.数学ならではの話題

・和の公式1+2+3+・・・と・・・を調べて作る。

いろいろな公式を作る

(例)明治x年に生まれた人が、平成まで生きていたらy歳になる。明治x年は西暦何年か。 など

(例)リーグ戦やトーナメント戦の試合数

5.パソコンを使った分析

・テーマは自由

■ 実践

レポート作成の期間は、1・2学期間。3学期は評価し、時間があればホームルームの時間を通じて発表会を行うという年間計画を立てた。レポート作成の流れとしては、自分でテーマを見つけ、全員最初は下書きをして、提出日を決めて提出させ、下書きに添削して書き直しをして返却し再提出させる。また添削通りにできていなければ、何回も再提出させる。合格した人から、清書を書かせる。また自由研究のレポートを書かせるに当たって、次のことに注意し生徒に徹底させた。

  • とにかく調べてきたことを書くのではない。自分が疑問に思ったこと、興味を持ったことに対して、解決するレポートを書くこと。

・ 必ずレポートの中に計算式を入れる。ただし,図形の問題を解くときは必要ない

  • 枚数が多いほど、高い評価とは限らない。
  • 問題を解くレポートだと、問題を解くことによって、どういうことがわかったか、またはそれに関連することを調べること。
  • 市販の普通の数学問題集を解かないこと。
  • どんなテーマでも何を参考にしたかを絶対に書く。本であれば、本の名前、作者、出版社は必ず書くようにする。
  • 問題を解くときは、問題を解く上でどこを悩み抜いて、どこに工夫を凝らしたかもきちんと書き、最後に問題を解くことによって何を学んだかを書く。
  • 問題をきちんと写し、また問題を解くときも、とにかく式を写すのではなく、式変形にもしっかりかくこと。
  • 実験をした場合は、どういうところを、工夫し、苦労し、発見したかを書くこと。

などである。

やはり、生徒は最初とまどったらしく、これだけ注意事項を述べても、単なる調べ学習や単に問題を解いてきたものが多かった。例えばある事柄について単に文章を丸写している人が多々いた。だからこういう生徒に対しては、「これを書くことによって何を学んだか」「この言葉の意味は」、また問題を解くレポートを書いてきた生徒には、「どうしてこの式展開ができるのか、もっと詳しく式を書くように」、「この問題を解くときにどこを一番苦労したか」などを朱書きしていった。何人かの生徒は、何回も書き直されることによって、「もうこれくらいでいいでしょ」と投げやりの言葉を発する生徒もいたが、最後まできちっと完成させて初めて意味があり、そうしてはじめて数学の実力が付くのであるとしつこく指導したこともあり、清書が終わって「厳しくしてくれたので初めて数学で達成感が得られました」と生徒の成長ぶりを肌で感じることがあったのが大きかった。

■評価

2学期中清書できた生徒は約8割。やはり、残り2割は3学期までかかった。これはいい加減なレポートを許さなかったためである。できあがった自由研究は、生徒の個性あふれるもので、本当に数学が好きなんだなということがわかった。レポートをかくまえにあげた具体例以外に、たくさんの独創的な自由研究がたくさん提出され、数学に対しての生徒の興味は十人十色なのだなということがわかった。中学生のレベルでみれば、かなりレベルの高い研究ができたと思っている。生徒があまりにも生き生きしたレポートを作ってきたので、お互いの研究の発表会をして、評価し合おうと考えたが、1学年175人の生徒の発表になると、時間の制約から不可能なので、数学自由研究集を作ろうと思い、これをみてお互いの作品を鑑賞し、評価してもらうことにした。総ページ数約650ページの分厚い研究集であるが、手にした生徒達はとても感動していて、みんなくまなく読んでいた。かなりずっしりした、生徒のあふれんばかりの努力の結晶がつまりに詰まった研究集である。中学3年生全員がすべて自由研究を提出し、中学3年生のレベルで1つの研究集ができあがったということにも大きな意味があると思われる。例えば、次のような、たくさんの個性豊かなレポートがある。タイトルと内容・学んだことを書いていくことにする

○数学の魅力

  • 便利な計算術・瞬間計算術・計算の面白い検算など身の回りの数学の小ネタ

○テニスのスムースとラフの確率

  • 確率は2分の1に近く、自分はラフの方が少し多くでる

○3目並べ(5目並べの3つ版)

  • 3目並べの必勝法はあるか

○人間と数学

  • ピラミッドの高さを測るには相似が必要。2600年前から相似があったとは、ギリシャ人の人は賢いと思った。などなど

○円錐の体積を求める

  • 円錐を円柱に分割させて体積を求めることによって、3分の1という数字がでてくる

○推測を必要とする問題に挑戦する

  • 数学の問題なのに式をかかない。こういう問題も数学なのだろうか不思議と感じた。数学とはとても広い意味があるのだなと感じた。

○年号と西暦の関係

・年号が発生した国や、今はどこで使われているのか、年号と西暦との関係の式など

○円周率の実験

  • 身の回りの丸いものの円周率が本当に3.14になっているか、メジャーを使って調べる。また円周率の歴史など。

○ルート2を分数で表す

  • 背理法を使って証明。有理数の意味

○携帯電話の通話時間と料金

  • 携帯電話各会社の料金表のグラフとアドバイス

○数学の森の問題

  • 紙にひそむルート(紙の縦と横の比)、2次方程式の歴史など

○式の展開と公式

  • パスカルの3角形やリーグ戦の公式の求め方

○日常生活と数学の関係について

  • サッカー場のラインを書くとき、3平方の定理を使う。ボールのパスの速さなど。

レポートを書き終えて、生活の中に数学的要素があるのだなと実感した。

○宝くじを書くのは損か得か。

  • 銀行のホームページから過去のデータを引用して、宝くじを買うのは損だということを結論出す。

○一筆書きができる条件とは

  • 自分なりにいろいろ考えて、本を参考にしながら一筆書きができる条件を見つける。

○黄金比の謎について

  • 黄金比について調べたことや、日常生活で使われている黄金比、正五角形の書き方など

○ガスの料金表のグラフ化

  • ガスの料金表は、1次関数が使われていることがわかったなど

○電気料金のグラフ

・電気料金のグラフを書くことによって、電気料金を1次関数の式で表され、あらためて日常生活で数学が生きているのだと感じたと感想。

○和算と算学

・和算の問題を今自分たちが使っている洋算の式を使って解く。

以上のようにあげれば本当にきりがない。この紙面にはまだ書ききれないくらい、生徒の個性豊かなレポートがたくさんある。それにまた、次のようなうれしい話があった。インターネット上の問題を解くにあたって、実際に天文所に電話して家族全員で考え、「久しぶりに数学をやって、久しぶりに疲れました」と保護者会の時に言われた。自由研究をさせるときに、まさか家族で取り組むことがあるとは想像していなかった。数学を通して、家族のつながりを深めることができた。これは、普通の宿題では、絶対に起こり得ないことで、私の求めた以上のことが実際に得られた。またサイコロの確率に至っては、「サイコロの確率は大数の法則という法則に関係がある」とアドバイスしたところ、サイコロの確率をグラフ化して、「サイコロを振る回数が1000回に近づくほど、確率が6分の1になったかというと、625回目から限りなく近づいているので、概ねこの大数の法則が実証されたと言える」という感想を書いてきたときには、生徒のレベルの高さに驚いた。とにかくうれしかったのは、普段あまり得意としない生徒が積極的に取り組んでくれ、数学の考える楽しさ・おもしろさをレポート全体で表現してくれたことである。年間の活動を通して、かなり骨の折れる作業であったが、中学3年間持ち上がった生徒の数学の数学の発想の成長ぶりを発見できたことが大きかった。(終わり)

また数学の自由研究をするに当たって、次のことを目標に置いた。生徒が数学の学習に主体的に取り組む意欲や態度の育成を重視して、また生徒が主体的に問題を解決していく過程で、数学的活動の楽しさを味わい、数学的な見方や考え方を含めていく。またこのような活動の中で、数学を日常の事象に関連づけて、作業、観察、実験、調査などの活動を重視した課題学習を行う。そこで生徒が興味を示すようにするには、課題の出し方がきわめて重要になる。課題は、1人1人の生徒がその解決に興味を持って、積極的に取り組み、その主体的な追求が最後まで持続する内容であるものであること、またそれには学ぶことの楽しさや成就感を感得するものでなければならない。生徒の数学に対する生徒の興味・関心・意欲は様々であり、学習における理解も一様ではない。生徒の特性、生徒の多様な考え方や取り組み方を生かし、それを伸ばしていくためにも、個に応じた指導の充実が必要になってくる。だから生徒の能力・適性・興味・関心などに応じた適切な学習目標を定め、生徒の長所を伸ばしていく必要がある。日常の問題から課題を見いだし、それを調べたり解決したりする中で、使われている数学の役割を理解したり、そこに潜んでいる数学的な背景を見いだしたりすることが大事である。またそれまで学習してきた内容を見直したり、整理したりする学習も必要である。また、数学を思考の道具としてうまく使い、数学活動を積極的に取り入れる必要がある。作業・実験・調査などの活動を取り入れ、生徒が自分で考えて学習を進めていく必要があると思われる。だから生徒には高度なことは望まず、取っつきやすいものを課題として提出した。

最優秀作品

『サイコロを1000回振ったら本当に6分の1になるのか』

  1. サイコロの実験レポート
  2. サイコロの実験レポート(実際の実験)
  3. サイコロの実験レポート(確率の計算1)
  4. サイコロの実験レポート(確率の計算2)

 

『実際にサイコロを1000回ふって確率を計算したグラフ』

実際に1000回サイコロふって,50回ごとに確率をもとめグラフ化して,さらにレポートのまとめで『大数の法則』がなりたっているといっても過言でないと締めくくっているところがすばらしい.

レポート冊子の内容

表紙
a組
b組
c組
d組